2009年09月02日

視点とは

このブログのタイトル、「視点」。

よくたとえ話に出てくる「コップ半分の水」をどう見るのか。
コップ半分の水は「事実認識」だが、「もう半分しかない」と見るか「まだ半分ある」と見る
のか・・・。
これは視点の問題。

ある商社マンが靴の市場開拓にアフリカの奥地へ飛んだ。
みると現地人は皆、裸足。
会社の報告書に「ダメです、ここの人には靴は売れません」と報告するか、「靴の市場は100%あります。ついでに靴下も一緒に売りましょう」と
報告するか、これも視点の違い。

歩いていると、ある工場現場を通りかかる。「何をやっているんですか?」
「見りゃ分るだろ、くそ重たい煉瓦を運んでいるのさ」と答える人。
「はい、私たちは、学校を作っているんです」と答える人・・・。

随分前の話だが、青森が壊滅的な台風の被害にあった。
ちょうど収穫期だったのだが大半のリンゴが落ちて使い物にならなくなってしまった。
落ちたリンゴを見て悲嘆にくれる人たちの中で、まだ木に残っているリンゴに
目を付けた人がいた。
彼はそのリンゴを「落ちないリンゴ」として販売する。
受験生に大好評で1個1000円でもバカ売れしたという話。

リンゴといえば「アダムとイヴのリンゴ」「ニュートンのリンゴ」「ウイリアムテルのリンゴ」などあるが、それぞれリンゴの意味が全然違う。

トーマス・エジソン、彼が蓄電池の開発に取組んだ時のこと。
彼はこの研究において、最適の電極材と電解液の組み合わせを求めて9千回以上の実験を行ったにもかかわらず、結局、十分な成果はなかった。

だが、その時エジソンは周りの人間にこういったという。
「この研究では、大きな成果を挙げることができた。なぜならば、この実験を通じて役に立たない材料を数千種類も知ることができたのだから」と。

こう考えると「視点」とは「モノの見方」であり「考える姿勢」のことであり、「生き方」のことでもあるような気がする。
だから「視点を磨く」とは、自分を磨く以外になさそうな気がするのだが。

萬謝!



msd_maeda at 12:03|Permalinkこの記事をクリップ!仕事のやり方 | 前田語録
2009年06月16日

10周年・・・つづき

10年経ったらやりたいと思っていたことに、「新卒の採用」がある。 以前会社組織を活性化するには三つの方法があると学んだ。
「人事異動」・「社員教育」そして「採用」である。わが社も十周年を迎えて、組織も少し硬直してきたように思う。また、平均年齢も上がって、当たり前のことだが皆10年分年をとった。
今後の10年、更なる高みを目指すには、原動力となる若い力が必要だ。
基本的に今年から中途採用はしないこと、毎年新卒採用をやることを社員に発表した。ついては整備、検証しなければならないことが山ほどあった。
新卒採用に向けてプロジェクトをつくり、分野ごとにそれは彼らに任せた。でも、そうはいっても本当にいいのかという疑問もあった。

新卒者というのは卵から孵ったばかり。殻を割って出てきた人たちの最初の会社がウチでいいのか?その人生に責任がもてるのかという自問。
正直、自信は揺らいだ。
そのときに、採用コンサルタントの会社の方が「そういう気持ちをもっている経営者、会社こそ新卒採用はやるべきでは・・・」といってもらったことで、ある種の覚悟ができたといっていい。
 
現在のリクルーティングは私の想像を超えた未知の仕組みだった。求職者の大学生に対しては、全てWEB上でのアプローチとなる。ホームページも全面作り変え、リクルーター用のサイトやブログも追加した。大学生が読んでも面白い入社案内も作成した。
就活ナビにも掲載し、エキスポにも二度参加した。三回の会社説明会、五段階の面接も実施した。正直、金も時間も費やしてのぶっつけ本番だった。失敗してもいい、今後に活かせれば、と無理やり自分に言い聞かせた。


しかし、結論から言えば、成功したと思う。
成功したというにはいくつかの理由があるが、まず応募してくれた学生達との出会いに尽きる。
派遣業に対する逆風が吹き始めている時期にあえて選んでくれた人たちに出会えたことが嬉しかった。
いろんな人にたくさん会った。採用活動についてはほぼ未経験といっていい。プロジェクトチームの面々は研修をうけることでリクルーターとして驚くほど成長した。

更に不思議なことにそのリクルーター8名が各々に仕事に熱が入ってきた。仕事にノってきた。不況の中、社の業績も群を抜いて上がっていった。

一次・二次・三次と選考し、さらにまたその中から人選していかなけばならないということを経験することで、大なり小なりその人達の人生に影響を与えるという責任が、すでにもたらされているという事を思い知ったのだろう。
プロジェクトのひとりの女子社員が朝礼で言ったことも印象的だった。
「採用活動の中で、私たちはこの会社の魅力をたくさん話しました。その話を聞いて彼らは応募してくれ、そのなかで選ばれた方達が来年の4月、本当にこの会社に、私達の会社に入って来ます。その時、あの話はウソだったのか?と感じさせないように、私達の真剣な仕事ぶりを見せなければなりません。そのためにもう一度、皆で日々検証しましょう。」と。
この採用活動はやって良かったとしみじみ感じた瞬間でもあった。

 「啐啄同時(そったくどうじ)」という言葉がある。卵のなかからヒナが殻を破って生まれ出ようとする瞬間、内側からヒナが殻をつつくのを「啐」、外から親鳥がつつくのを「啄」という。この自然な不思議さを表現した言葉が「啐啄同時」だとか。この時ヒナとは、実は新卒者ではなく、10年目の会社に今いる社員たちではないかとも思った。
殻を破りたいと内からつつき、外からつつく「啄」は「社長である私が決めた新卒を採用しよう」ということになるのか? とにかくいろんな気づきや、チャンスを与えてくれた彼ら、選考から残念ながら選ばれなかった学生達も含めて、機会があれば、本当に許されるならもう一度みんなに会いたいと切に願う。
萬謝!



msd_maeda at 14:14|Permalinkこの記事をクリップ!新卒採用 | マトリクス・エスディという会社
2009年05月01日

10周年・・・

こんな話があります。
ある朝早く、1人の男が打ち寄せる波を見ながら海岸を歩いていると、
数えくれないくらいのヒトデが砂浜に打ち上げられて日干しになって
死にかけていることに気がついた。
その異様な光景にしばし呆然としていると、ふと遠くの方で若い女が1つ、ひとつ
そのヒトデを拾い上げては海に向かって、投げ返している姿が目に入る。
男はその女のところまで近づいていき、こう声をかけた。
「そんなことしたって時間の無駄じゃないか、こんなにたくさんのヒトデがあるのに、そんなことしていったい何の意味があるんだい?」
するとその女は足下にあったヒトデを1つ拾い上げると思いっきり海に投げ返し、
「あのヒトデにとっては意味があったわ」
と言ってさらに足下にある別のヒトデに手を伸ばした。

どうして、この話かというと、今年で当社は10周年を迎えた。
10年は私の中でも最も意識した節目でもあった。
何かしたかった。
今までお世話になった人たち、今まで弊社に関わった人たちに集まって
もらって感謝祭の形でのパーティ等・・あれやこれや考えているとき、
たまたまベトナムに視察旅行に行った際に偶然、行きにも帰りにも
同じになったお取引先の社長から「国際人権ネットワーク」の話を聞き、
日を改めカンボジアにあるモンドルバイ村の子供達に会いに行くことになった。
その村の生活ははっきり言ってとても貧しい、そのうえ不幸にも地雷によって足のない子や、
手のない人達が沢山いた。でも、「貧しい」「不幸」という概念は、一方的に私の価値基準でしかないことも気づいた。
彼らは自分たちのことを貧しいなんて思っていないのだ。
なぜなら彼らは自分たちを比較する対象を知らない、情報が一切ないから・・。
それはとても不思議な感情だった。
子供達は、人なつっこく、その目は活き活きとしていて、私が今だかって見たこともない輝きをもっていた。
それはそれは美しい目だった。
そして、彼らは学びたがっていた。本当にそう感じた。でも校舎が足りない。
そこで自分にできることは何か?と考えた。心底考えた。
10年間お世話になった方々への感謝の念を、この子たちのために使おうと決めた。
「恩返し」ではなく「恩送り」という言葉がある。
映画の「ペイフォワード」と同じ意味だ。今使おうと思ったお金は「校舎建設」。確実に彼らの希望になる、生きたお金になる確信がある。
偽善者ともし呼ばれようともそれは確実に「支援する事実」に意味がある。
前述のヒトデの話とはそういうことだ。
社会にこういうお役立ちができるようになったのも、あらためて10年間本当にお世話になった方々のおかげだと万感を込めて、感謝の意を表したい。

萬謝!



msd_maeda at 10:01|Permalinkこの記事をクリップ!マトリクス・エスディという会社